築10年以内の一戸建てと言えば「まだまだ大きな改修の必要もなく、安心して住める状態」と考える人も多いのではないでしょうか?まして、それが売主がこだわって建てた注文住宅であれば、魅力的なポイントも多くなり、買主の購入意欲が高い場合も多いでしょう。
しかし、まさに築9年のデザイン注文住宅の売買で、売主のMさんと買主さんは大きなトラブルに見舞われました。引渡し後、広範囲にわたる雨漏りが発覚したのです。それまで問題なく住んできた売主のMさんは「まさか……」と頭を抱えたと言います。新たな生活に胸を弾ませていた買主さんにも、多大な苦悩があったことが推察されます。
本記事では、売主のMさんとともに雨漏り発生の経緯やその後の対応を振り返り、専門家のアドバイスを交えて紹介します。
- 物件概要
- こだわって建てた都内のデザイン注文住宅。築9年強、3LDK+DEN(書斎)、中庭付き
- 売却の背景
- 家族の変化で環境を変えるため、新たに注文住宅を建築して住み替え希望
1. 売買の背景:こだわりのデザイン注文住宅。買い手はすぐに見つかった
Mさんは「今回、売却した家に不満があったということはない」と言います。家族の環境の変化で手放すことになったそうですが、こだわって作ったデザイン注文住宅、非常に気に入って住んでいたそうです。玄関を入るとまず、Mさんがパティオと呼ぶ中庭の緑が目に入り、1階のどの部屋からも中庭を望め、家族の気配を感じることができる自慢の家だったと言います。
こだわりの詰まった住まいは「物件の情報を公開するときにも、設計時にこだわった点をそのまま物件のポイントとして訴求すればいいので訴求に悩むことはなかった」そう。
実際に2020年8月末に販売を開始したところ、売り出し直後から内見申込みが殺到しました。7〜8組の内見を経て、最初に内見した買主さんがわずか2週間で購入申込み。買主さんはこの家を建てたときのMさんの家族構成に近く、大変気に入ってもらえた様子だったそう。売買契約は、売り出し開始からわずか1ヶ月後。Mさんは売却後の新居を建築中だったため、契約から6ヶ月後の2021年3月末に買主さんに引渡しました。
Mさんは当時のことを振り返り、「売り出しから売買契約、引渡しまでは順調そのもの。買主さんもとてもよい方で、入居を心待ちにしてくれていたので、この後トラブルが起こるなんて思ってもみませんでした」と語ります。
2. トラブル発生の経緯:買主さんのリフォームで雨漏り発覚!築9年でまさかの事態
まさにトントン拍子で売却が進んだ中、引渡し後に“まさか”のトラブルが発生しました。雨漏りが次々と見つかり、かなりの広範囲に及んだと言います。築9年といえばまだまだ築浅と言える時期ですが、なぜ雨漏りが発生してしまったのでしょうか。Mさんと一緒に、トラブル発生の経緯を振り返ります。
【トラブル発覚】引渡し2週間後に買主さんから雨漏り発生の連絡がある
引渡し後の4月、買主さんが入居前のリフォームをしようとしたときに雨漏りが発覚します。階段部分の壁紙を剥がしたときにシミが見られたため、内側の壁を解体してチェックしたところ、中の柱に腐食が見られたのです。その後、外壁を剥がしてみると腐食は1階から上階まで広範囲に及んでいることがわかりました。
Mさんは売主として、買主さんとの売買契約の中で契約不適合責任(契約内容に適合しない引渡しを行った場合に売主側が負担する責任)を負う期間を3ヶ月と定めていたので、Mさんは売主として不具合の補修を行い、その費用を負担する必要がありました。
契約不適合責任についてもっと詳しく
民法の改正で売主の負担がUP!?リスクを回避する方法を専門家が伝授ここまでの売却プロセスが非常に順調だった分「まさか」と思いました。売却時点で、まだ築9年。買主さんに対して申し訳ないという気持ちはもちろん、全く予期していなかったトラブルに「なぜ?」「どうして?」という気持ちでした。
【1ヶ月後】雨漏りの補修とともに、買主さん側で建物検査を実施。さらに怪しい箇所が!
新築住宅を引き渡す建設会社や不動産会社は、法律上負う契約不適合責任(瑕疵担保責任)に対して、資力確保措置が義務付けられており、新築住宅向けのかし(瑕疵)保険(保険期間が原則として住宅の引渡日から10年間)に加入するなどしています。当時はこの保険期間中だったため、新築時の設計・施工を請け負った施工会社が発覚した腐食部分の補修を進めました。
かし(瑕疵)保険についてもっと詳しく
中古戸建て・中古マンションの売買や保有時のリスクを回避する「保険」や「保証」どんなものがある?施工会社とともに買主さんにその状況について説明を行いましたが、原因が不明確であったため、「他の部分は大丈夫なのだろうか」と不安に感じた買主さんは、6月の初めに第三者であるインスペクター(建物の検査をする専門家)に建物検査(インスペクション)を依頼。すると、ここでも新たな漏水の跡が見つかり、再度建物検査をする必要がでてきました。
買主さん側の仲介会社は、建築のことについてはあまりよくわかっていない様子でした。加えて、この家を建てた施工会社が全ての原因を特定できていない中で補修に着手したので、買主さんは「他にも同様の不具合が隠れているのでは」と不安を感じたようです。
ただ、私が売主側としてお願いしていた仲介会社の担当者が幸いにも建築に詳しい方だったことから、中立的かつ専門的に影響範囲の推定や補修の方針を施工会社と交渉し決めてくれたんです。買主さんも、自分(買主側)の仲介会社ではなく、私(売主側)の仲介会社を信頼してくれたようでした。
【2ヶ月後】怪しい箇所が20以上!売主・Mさん側でも建物検査を実施することに
次々と不具合箇所が見つかる中、その不具合の原因を探るため、Mさんは新築時の施工会社に調査をしてほしいと考えました。ところが、不透明な事象ゆえに施工会社では調査費用を負担できないとの話で、Mさん自身の負担で調査を実施することに。雨水の浸入経路を特定するため、買主さん側が手配した調査では実施しなかった内側を一部解体し、散水試験もあわせて実施したところ、怪しいと思われる箇所が20以上発覚しました。
住んでいたときには一切気づかなかった不具合が次々に発覚し、驚愕しました。それと同時に、買主さんのためにできる限り検査・補修しなければならないと感じました。
【5ヶ月後】補修内容を確定、補修完了
9月頃に買主さん・売主のMさん双方の検査で発覚した不具合について、補修箇所や補修方針を決めていくことになりました。翌10月には新築から10年間のかし(瑕疵)保険が満了となり、これ以降に発覚した不具合は保険金支払いの対象外となるため、この時までにできる限り補修箇所の洗い出しと補修方針を決定したいという背景があったためです。無事に補修内容を確定し、翌月には補修が完了しました。
「かし(瑕疵)保険の残存期間がある」ということは売買契約時に仲介会社が教えてくれたのですが、そのときは深く考えずに「そうなんだ」程度に思っていました。ただ、契約不適合の責任期間中に不具合が発覚したので、補修費用などは売主負担。この保険には本当に助けられました。保険のことまでチェックし、施工会社との交渉にも力を貸してくれた仲介会社にも、本当に感謝です。
【8ヶ月後】買主さんから再度雨漏り発生の連絡が!
全ての補修が完了し、Mさんと買主さんとが合意した1ヶ月後の12月に、再度、雨漏りが発生しました。それもシミなどではなく、大雨が降った日にぽたぽた水が滴るほどの雨漏りが生じたのです。補修は、再度、新築時の施工会社が対応しました。
数ヶ月に及んだ検査と補修。この後にまた雨漏りが発生したということで、かなり衝撃を受けました。この日から、雨が降るたびに不安を感じる日々が続きました……。
【1年後】全ての手続きが完了
最初に壁紙をはがしたことで雨漏りが発覚して以降、買主さんは壁紙の張り替えができていなかったので、その張り替え費用も売主であるMさんが負担することで、全ての補修・精算が完了しました。
調査や補修、保険に関するやり取り……引渡しからのこの1年、さまざまなことがありました。買主さんはもちろん仲介会社や検査会社の協力があってこそ、最低限のリスク負担でここまで来られました。今(取材時)は最後の精算から半年以上が経過しましたが、以降、雨漏りなど不具合は発生していないとのこと。これが一番、嬉しいですね。
3. トラブルの要因:「中庭」など、湿気がこもりやすい場所に注意!
築9年の注文住宅で発生した雨漏り。1年にも及ぶトラブルの根本的な原因は、施工会社の防水処理の甘さにありました。
売主・Mさんが暮らしている間には全く気づかなかった「壁の中」
売却後に数々の不具合が発覚したわけですが、Mさんは「住んでいる間は全くわからなかった」と言います。買主さんも、クロスの張り替えをしなければすぐに発見することはできなかったでしょう。シミや雨漏りが見られるようになるのは、壁の中で腐食がある程度進行した後です。Mさんが住んでいる間にも確実に腐食は進行しており、それが目に見える形で現れたのがちょうど売買時だったということ。不具合は突如起こるのではなく、目に見えないところで進行するのです。
「中庭」など湿気のこもりやすい所や、窓周りの防水処理、「笠木」部分も要チェック!
都内の住宅密集地から視線を遮り、採光を確保するために設けた中庭。緑が美しく住む人の目を癒し、住まいに陽光を取り入れる役割を担いますが、周囲を建物に囲まれると湿気がこもりやすくなるため、行き届いた湿気対策が必須です。それにも関わらず、十分な対策が取られていませんでした。具体的には、窓周りの防水処理が甘かったこと、壁の中に通気層がなく湿気のこもりやすい構造になっていたことが主な原因となり、外壁の中に多くの腐食が見られました。
加えて、今回のトラブルの大きな要因となったのは、施工時の防水処理の甘さにあります。窓周りやバルコニーの手すり部分、壁の最上部に被せる「笠木」周りの防水処理が甘く、ここから雨水が浸入し、じわじわと構造部分をむしばんでいたようです。
築9年でここまで多くの不具合が見つかった理由は、デザインにこだわった住宅だからこその“設計上の無理”にもあったのではないかと推察されます。皮肉にも、新築時にはMさんが評価していた施工会社の設計・施工が、広範囲にわたる腐食を生じさせてしまったのです。
4. 振り返り:「建築知識のある仲介会社に救われた」
発覚した腐食や欠陥部分は、かし(瑕疵)保険の補償対象となり施工会社が補修しました。しかし、施工会社は自ら不具合部分の積極的なチェックをすることはせず、見つかったものについて補修するというスタンス。「全面的なチェックや補修が必要なら不具合を証明してほしい」という言葉に、検査はMさんや買主さん自身が負担するしかなく、Mさんの落胆や失望も大きかったそうです。
いま振り返って見れば、不具合の予兆はあったと思えるが……
Mさんによれば、築2年を迎えた頃にも中庭での雨漏りとユニットバスの排水トラブルによる水漏れが見られたのだとか。雨漏りは施工会社の施工ミスということで責任持って直してもらったそうですが「今思えば施工会社の対応には問題があったのかもしれない」とMさんは言います。
雨漏りは補修してくれたものの、ユニットバスの水漏れは「メーカーの責任」の一点張りで、原因の特定や作業の報告などはほとんどなかったと記憶しています。
今回の施工会社との漏水トラブルの協議の時に、初めて当時の漏水したユニットバス補修時の写真を見ましたが、外壁一面の下地合板が真っ黒に腐食していました。ユニットバスだけでなく、外壁を全て壊して改修していたということ、おそらくMさんに十分に説明していない状況や不具合が見られていたのだと思います。ユニットバスの排水トラブルだけであれば、壁を壊した改修なんて必要なかったはずです。
建てるときには魅力的に思えた施工会社も「検査費用は負担できない」
Mさんは、新築時とトラブル発生時の施工会社のあまりの対応の差に驚いたとのこと。
この家を建てるとき、施工会社の社長自らがデザインし、ミニチュアの模型まで作ってプレゼンしてくれたんです。非常に感動したことを今でも覚えていますが、まさか10年後にこのような対応をされるとは思いもしませんでしたね……。
結果的に、施工会社は発覚した不具合の補修はしたものの、検査費用などを負担することはありませんでした。
買主さん側の仲介会社は貝のように口を閉じ…自分の仲介会社に建築知識があってよかった!
Mさんによれば、買主さん側の仲介会社は「検査や補修に関して、まるで貝のように口を閉ざしていた」と言います。このことからもわかるように、全ての仲介会社に建築や保険の知識があるわけではありません。トラブルが起きたときの対応力も千差万別です。施工会社の対応も不誠実に感じられた中で、買主さんからしても売主・Mさん側の仲介会社への信頼は厚かったと想像できます。
自分の仲介会社の建築知識が豊富で、私だけでなく買主さんにも寄り添ってくれる方で本当によかったと思います。仲介会社の存在だけが不幸中の幸いでした。
5. 専門家からアドバイス:かし(瑕疵)保険で負担軽減
今回の事例は、売主であるMさんが検査など買主さんが安心して住むために必要な対応をしたからこそ、大きな紛争に発展せずに済みました。もちろん、買主さんにこれらの対応に納得してもらえたことも大きいと言えます。
仲介会社選びは重要。建築知識のあるエージェントなら「万一のとき」にも対応可能
Mさんや買主さんには多大な苦労や不安があったことと思いますが、結果的に大きな紛争には至らず、売主・買主として合意したうえで建物検査や補修を進めることができました。これは、新築時のかし(瑕疵)保険期間が残っていて、建築知識のある仲介会社がスムーズかつ中立的に検査や不具合のある範囲の確認、補修の方向性の決定などを先導したからこそ。仲介会社の役割は、単に不動産の売買をサポートするだけではなく「トラブル回避」にあります。
今回の事例で言えば、売主・Mさん側の仲介会社は「かし(瑕疵)保険の残存期間があり、補償が受けられる」ということを確認したうえで取引を仲介したと言います。中には、かし(瑕疵)保険についてよく知らない仲介会社もあります。保険期間が満了していた場合に、売買前の建物状況調査(インスペクション)やかし(瑕疵)保険の仕組みを紹介してくれるかも仲介会社次第です。
個人間の売買における契約不適合責任の期間は3ヶ月とするケースが多いようです。とはいえ、その後に発覚した不具合でも、売主が知り得た事実を告知しなかった場合はこの3ヶ月という特約は無効になります。そのため、インスペクションやかし(瑕疵)保険のようなバックアップの仕組みは売主・買主双方のために必要です。
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売買後ではありますが、インスペクターにしっかり検査してもらったことも今回の事例でよかった点の一つだと言えるでしょう。そもそも施工会社の施工ミスが疑われる状況にも関わらず、その当事者である施工会社は検査してくれない、発覚した不具合しか補修してくれない……という中で、立て続けに不具合が発覚すれば「他にも不具合があるのではないか」と買主さんは不安に感じます。第三者である検査専門機関のインスペクターがしっかり調査してくれれば、買主さんも納得感が高まります。
今回、検査したインスペクターは、非常に丁寧に検査・説明をしてくれる人だったと聞いています。仲介会社と同様に、インスペクターの強みも様々です。自分が最も気になるところからインスペクターを選ぶということも検討してみましょう。
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かし(瑕疵)保険がなければ施工会社とMさんの負担費用は100万円をゆうに超えていたことでしょう。今回のトラブルにおいて保険がない・切れた状態で対応すれば「誰が補修費用を負担するのか」ということで揉めていたはずです。ここまで多くの雨漏りが発覚していれば、実質的に設計者、施工者の責任と言えるでしょうが、同様のトラブルが起こった際に「保険・保証の期間を過ぎている」と言われてしまえばそれまで。施工会社の対応を見ても、もし保険が切れていたらそのように主張していただろうと容易に想像できます。
新築時のかし(瑕疵)保険の残存があったことに加え、Mさんが真摯な姿勢で不具合に対応したからこそ、今回の事例では大きな紛争にならなかったのです。契約上では、売主さんはここまで対応する必要はありません。しかし「誰が補修するんだ」「誰が責任を取るんだ」といった大きなトラブルに発展させないため、そして売主・買主の双方が取引後も安心して生活するためにも、中古住宅を売買する前にはかし(瑕疵)保険への加入をおすすめします。
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