実家を売却するのは相続後とは限りません。両親が高齢者施設などに入居し、空き家になったタイミングで売却するのも選択肢の一つでしょう。いずれにしても、売りたいときに売れるようにするためには「準備」が必要です。
本記事では、実家を売るタイミングや実家の売却に向けた準備・備えについて、1級ファイナンシャル・プランニング技能士で不動産相続コンサルティングも手がける田中 歩(たなか あゆみ、あゆみリアルティーサービス)が解説します。
1. 両親が元気なうちにしておくべきこと
実は、私も現在、実家の処分を進めています。父も母も80歳を超え、実際に家の片付けや相続のことを考え始めているのですが、やらなければならないこと、考えなければならないことがたくさんあって本当に大変です。このような仕事をしていますから、必要なことというのはわかっていたつもりでした。しかし、いざ実際にやり始めると実家の処分は本当に難しいと痛感しています。
私の場合は、幸い両親が元気なうちに実家の処分に取り掛かれているわけですが、両親が元気なうちにこそ、しておくべきことも少なからずあります。
相続対策
法定相続では、夫が先に亡くなった場合、妻と子で半分ずつ相続します。お金なら分けられるのでいいのですが、問題になる可能性があるのは、家を母と子で共有した場合です。母親が認知症を発症し、意思能力が欠如していると判断されると、家を売却することができなくなってしまいます。母親が施設に入って実家が空き家になったとしても売れない、介護にお金がかかるのに売れないとなると、困ったことにもなりかねません。
実家が売れなくなって困ることがないように、父には遺言書を書いてもらいました。その内容は、母にはお金を相続し、家は私と弟に相続するというもの。こうすれば、相続後に私と弟さえ同意すれば家は売れることになります。もし遺言書の準備がなければ、父の死後に遺産分割協議で誰がどの資産を相続するのかを残された家族で決めることになりますが、認知症の母は遺産分割協議や不動産売買契約などの法律行為を自ら行うことは難しいという問題があります。
認知症対策
相続発生前に所有権を持っている父親が認知症を発症しても、同様に実家が売れなくなる問題が起きる可能性があります。現在の日本の法制度において、家の所有権を持つ人の認知症発症への備えとして有効なものが「任意後見制度」です。
任意後見制度とは、認知症などを発症する前に、家の所有権を持つ本人が後見人を決めておく制度です。任意後見人は、被後見人(家の所有権を持つ人)の財産の管理ができ、家の売却も可能です。
図表1:任意後見制度とは
一方、認知症などを発症した後は「法定後見制度」によって「後見」人・「保佐」人・「補助」人のいずれかを指定することができます。
図表2:「後見」「保佐」「補助」の違い
このうち後見人は財産に関するすべての法律行為ができるとされていますが、実際に家を売ることは困難です。後見人が家を売る場合は家庭裁判所の許可を得る必要がありますが、裁判所は基本的に被後見人(家の所有権を持つ人)の家を売却することを認めません。認知症を発症した人が自宅に戻ることで症状が改善する事例もあるため、裁判所は安易に自宅の売却を認めることができないのです。
認知症対策としては「家族信託」や「民事信託」といった方法も有効です。後見制度と比べると手間や時間がかかりますが、信託契約を結ぶと、財産管理のみならず、投資や運用までが可能になります。また、所有者(委託者)が認知症などを発症しておらず元気な状態でも、財産を預かる受託者は財産の管理や処分ができます。
図表3:信託とは
地主さんなど、複数の不動産や多額の財産、収益物件などを持っている場合は信託を利用することもありますが、自宅と多少の財産を持つ人の認知症対策であれば、任意後見制度で十分だと思います。
生前整理
私の両親は、まもなく施設に入ることになるでしょう。父に遺言書を書いてもらい、任意後見人に指定してもらい……これで落ち着くかなと思ったのですが、よくよく考えてみると、実家を片付けなければならないことに気づきました。実家には、両親が生活するための家具や家電、日用品はもちろん、私や弟が学生時代に使っていたものまで残っています。
家に残っているものは、魂がこもっている感じがして、なかなか簡単には処分できないものです。できることなら、親が元気なうちに生前整理をしておくと子どもは楽です。
リースバックには注意も必要
近年は、老後資金の捻出や相続対策として「リースバック」を利用する人も増えています。リースバックとは、家を売却した後、買主となる企業などから賃貸することによってそのまま家に住み続けられるという仕組みです。
図表4:リースバックの仕組み
高齢になると転居するのも容易ではなく、所有権があるからこそ相続人が処分に困るということを考えればリースバックには一定のメリットがありますが、注意も必要です。まず、転居せずに住み続けることはできるものの、自宅は持ち家から賃貸物件に変わります。住み続けるには家賃を払い続ける必要があり、一般的な賃貸物件と同様に、家賃が上がる可能性もあります。定期借家契約であれば更新ができず、期間満了時に退去を迫られるおそれもあります。
また、売却するときの価格は相場価格より安くなるのが一般的で、逆に家賃は相場並みに設定されます。買主企業はあくまで投資物件として購入するため、買主企業に利益が出る売値でなければ、買って貸し出すことはできません。一方、契約内容によっては居住者(リースバック利用者)が将来的に家を買い戻すことも可能ですが、この場合の購入価格は基本的に相場通りの価格になるので、損をするような気持ちになることもあるでしょう。また、一般に建物の貸主は建物や設備の修繕義務を負いますが、リースバックの場合には借主負担となるケースが多いことにも注意が必要です。
住まいのリースバックを検討する際は、長期的なリスクを知り、そのリスクを売買当事者がどのように負担するのかを契約の中ではっきりさせておく必要があるでしょう。そのため、利用はリスクを理解できる人、あるいは理解している人のサポートを受けられる状態でなければ、トラブルになる可能性が高いと思います。
<リースバックについてもっと詳しく>
住んだまま売却できる「リースバック」とは?メリット・デメリット、注意点を解説2. 実家が空き家になったタイミングで売却するメリット
実家を処分する「タイミング」に悩む人も少なからずいます。「両親が施設などに入って実家が空き家になったタイミングで売るか、あるいは相続後に売るか」ということです。まずは、実家が空き家になったタイミングで売却するメリットを解説します。
売ったお金を親の老後資金・介護費用に充てられる
親の老後資金が不足しているようであれば、空き家になった時点で売却し、そのお金を生活費や介護費に充てることができます。
「マイホーム特例」が適用になる
所有者である親が存命で、実家が空き家になったタイミングで売却するメリットの一つは「マイホーム特例」を活用できる可能性です。マイホーム特例とは、譲渡所得を最大3,000万円控除できる特例です。譲渡所得とは簡単にいえば売却益のことで、通常なら所有期間5年以下で39.63%、所有期間が5年を超えていても20.315%と、多額の所得税・住民税が課されます。
マイホーム特例には適用期日があり、所有者が住まなくなってから3年後の年末までに売却した場合のみ適用となります。この期限を超えて放置したり、売却した場合は適用になりません。
相続後に売却しても同様の制度が使える可能性はありますが、1981年5月31日以前に建築された一戸建てであることなど、さまざまな適用条件があり、該当しないことも多いため、売却査定などによりある程度の譲渡所得が見込まれる場合には、空き家になってすぐに売却するメリットが大きいと言えるでしょう。
一方、後述しますが、自宅を売って現金化したことで相続税が高くなってしまうこともありますので注意が必要です。
固定資産税の支払いがなくなる
実家を放置している間は、固定資産税が課されます。2023年12月には、空き家対策特別措置法(空き家法)が改正されました。この法律は、管理不全の空き家を増やさないために創設されたもので、今回の改正で固定資産税が実質的に増税となる「勧告」の対象が拡大しました。
実家が空き家になったタイミングで売却すれば、このような固定資産税の支払いはなくなります。
空き家を維持・管理する手間やコストが不要になる
人が住まなくなった家は、急速に劣化が進むものです。適正に管理するための手間やコストもかかり続けます。先に紹介した空き家法の改正により、周りに危害を与えかねない空き家だけでなく、その予備軍も同法の対象となるおそれがあるため、空き家の放置には注意が必要です。
実家が空き家になったタイミングで売却すれば、管理の手間や維持費の負担がなくなり、空き家法の対象となるリスクも避けられます。
3. 相続後に実家を売却するメリット
一方、相続後に実家を売却する場合にも次のようなメリットがあります。
相続税を抑えられる可能性がある
基本的に、現金より不動産のほうが相続税評価は低いものです。実家の資産価値や市場環境、親の財産状況、法定相続人の数などにもよりますが、相続前ではなく相続後に売却したほうが相続税を抑えられる可能性があります。
相続後の譲渡なら、取得費加算か相続空き家の3000万円特別控除のいずれかを検討する
相続した同一の不動産の売却では「取得費加算の特例」と「相続空き家の3,000万円特別控除」の併用はできませんので、どちらかの特例適用を考えることになります。一般に相続税額が大きい場合には前者を使ったほうがよいとされますが、細かな計算は税理士などの専門家に相談することをお勧めします。
なお、空き家となった実家については「相続空き家の3,000万円特別控除」を利用し、ほかに相続した不動産を処分する際には「取得費加算の特例」を利用するということは認められています。
取得費加算の特例とは、対象の不動産を相続した時に納税した相続税を取得費として計上することで、譲渡所得税の負担を軽減できる特例です。適用期日は、相続税の申告期限の翌日から3年。相続税を納税し、なおかつ実家の売却で譲渡所得が発生した場合は、この特例により譲渡所得税を抑えられる可能性があります。
また、相続空き家の3,000万円控除は1981年5月31日以前に建築された戸建ての売却時までに一定の耐震基準を満たすリフォームを施すか、建物を解体することで初めて適用となります。この適用を受けるには、これまでは売主が耐震改修や解体を実施しなければなりませんでしたが、2024年1月からは買主が購入した年の翌年の2月15日までに耐震改修あるいは解体をすれば適用となるという改正が加えられています。
図表5:相続空き家の3,000万円特別控除の制度イメージ
この改正により、不動産の買取事業者に現状のまま売却し、買取事業者が購入後に耐震改修や解体をしても、この特例の適用要件を満たすことになりました。一般の買主が同様のことをしても適用になりますが、改修や解体が条件となっている物件に興味を持ってもらうことは容易ではありません。耐震工事の補助金制度や改修工事後のイメージ、改修・解体にかかる費用感などが分かるように売り出す必要があるでしょう。このような売り方をするには、不動産会社や工務店の協力が不可欠です。したがって、買主による改修・解体という形でこの特例の適用を目指すとすれば、サポートしてくれる不動産会社選びが重要になってきます。この特例には、相続の開始から3年を経過する年の年末までという期日もあるため注意が必要です。
4. 実家の売却にかかる費用は?
不動産の売却には、仲介手数料や印紙税、譲渡により売却益が出る場合は所得税や住民税などの費用がかかります。さらに、実家の売却には次のような費用がかかることも少なくありません。
測量費
郊外や古い住まいに多いのが、境界が確定していないケースです。測量して境界を確定すると、最低でも30〜40万円程度がかかります。測量費は隣接する家が何軒あるかによって異なり、場合によっては100万円以上かかるケースもあります。
また、隣地が所有者不明だったりマンションだったりすると時間もかかります。境界確定に半年、または1年以上かかってしまうことも珍しくありません。確定測量はいつでもできるものなので、売ろうと思ったときに慌てて測量をするのではなく、生前のうちに測量しておくことも相続対策の一つだと思います。
登記費用
相続後に実家を売るには、まず相続登記が必要です。相続登記の登録免許税は原則として「評価額×0.4%」です。司法書士に登記手続きを委託する場合は、別途、司法書士報酬がかかります。
2024年4月からは売却するかどうかにかかわらず、相続登記が義務化されました。これまでは任意の手続きだったため、登記名義人が先代、先々代などのままになっていることも少なくありません。遡って相続登記するとなると、その代の分まで遡って戸籍謄本を取得しなければならないため、時間とお金は余計にかかります。
親から自分への相続登記は相続発生後でないとできませんが、現状に即して先代から親に相続登記をする分にはすぐにでも手続きできます。登記簿謄本を見れば簡単に誰の名義になっているかがわかるので、一度、確認しておくとよいでしょう。
解体費用
家屋に価値がつかない場合には、建物の解体が必要になることもあります。ただし、自己判断で解体するのは避けたほうがいいでしょう。なぜなら、住宅が建っている土地は「住宅用地の特例」が適用されており、土地の固定資産税が軽減されているからです。家屋を解体すると、固定資産税が跳ね上がることになります。
固定資産税の増額を避けるのであれば、建物を解体して売却する場合も解体は引渡し時の条件とし、現状のまま販売活動をしましょう。その場合には、売主が解体費を負担する形にしたほうが売れやすいのは言うまでもありません。
不用品処分費用
空き家になった実家を売る場合も活用を検討する場合も、片付けは不可欠です。残置物がある状態でも買い取ったり、解体してくれる会社はありますが、この場合、家庭ゴミではなく産業廃棄物として扱われるため処分費用が割高になります。
以前、都内の50坪程度の土地に建つ家屋の解体に携わったのですが、そのときの解体費用は整地や更地にする作業も含むと約300万円。そして驚くべきことに、家屋の中にある残置物を処分するのにさらに150万円ほどがかかったのです。
もちろん残置物の量などにもよるでしょうが、私の実家も物が溢れている状態なので、弟とどのように片付けるかを話し合っている最中です。
5. 実家の売却で悩んだときはどこに相談すればいいの?
家の売却なら不動産会社、税金のことなら税理士というのがセオリーですが、専門家にも得手不得手があるので注意が必要です。また、相談する前に、自分でも相続や不動産売却についてある程度、学んでおく必要があるでしょう。
不動産会社に相談する
実家を売ることが決まっているのであれば不動産会社に相談すればいいでしょうが、売るかそのままにしておくか悩んでいるときは、まず家族でしっかり話し合って、売る場合と残す場合のメリット・デメリットを自分たちで考えてみましょう。
不動産会社の仕事は、不動産取引の仲介です。仲介手数料が成功報酬ということもあり、不動産会社に相談すると自ずと売却の方向に話が進むことになります。
税理士に相談する
税理士に相談するうえでの注意点は、その税理士の得意分野を知ることです。一口に税理士と言っても、知識や専門性は千差万別です。相続や不動産に強い税理士もいれば、不動産から遠い業務が中心の税理士もいます。
また、親にとっていい税理士と子どもにとっていい税理士が異なることもあるでしょう。相続税を納めるのは子どもです。そういった意味でも、税理士に相談する場合も、まずは家族で話し合うことが何より大切になってきます。
自分で「相続」や「実家の売却」について学ぶことが大切
専門家に相談する前には、まず「目的」を整理してみましょう。相続税を減らしたいのか、実家をできるだけ早く処分したいのか、親の認知症などで困っているのかなどによって、適切な相談先は異なります。専門家にアドバイスをもらうことはできても、親と子や相続人同士の意見が合わなければ話は進みません。
また、ざっくりでもいいので、自分たちでもある程度、税制や法律を学ぶことが大切です。専門家は、どうしても報酬が得られる方向、自分が得意な方向に話を持っていきたがるものです。実家の相続に関する税制などを学ぶのであれば、自治体の無料税務相談などを利用するのもいいと思います。
6. 両親が元気なうちに実家をどうしたいのか話し合っておくことが大切
ここまで生前対策や相続対策について紹介してきましたが、最も大切なのは家族で話し合いをしておくことだと思います。任意後見制度を利用するにしても、遺言を書いてもらうにしても、まずは親の意思を確認し、子も自分の希望を伝える必要があります。
「相続資産が少ないから揉めない」ということではない
「揉めるほどの財産なんてない」「この家しかないから」という理由で相続対策を不要だと考えている人もいますが、相続資産が基礎控除の範囲内に収まる家庭でも揉めるケースは少なくありません。
2022年度の司法統計によれば、遺産分割で揉める4分の3以上は遺産額が5,000万円以下のケースです。1,000万円以下も3割以上となっています。
図表6:遺産分割事件のうち認容・調停成立件数における遺産の価額別割合
実家対策に「早すぎる」ことはない
我が家の場合、両親が80歳を超えてからさまざまな対策をしているわけですが、やはり高齢になると文字を書くのも、制度を理解するのも簡単なことではなくなります。そして、両親に説明したり、お願いごとをしたりする私たちも苦労します。60代、70代の元気なうちに話を切り出すのは簡単なことではありませんが、実家対策に早すぎるということはありません。両親のため、そして自分たちのために、早めに話し合い、備えておくことをおすすめします。
7. 事前に十分な準備を行い、必要なときにスムーズに実家を売却できるようにしておこう
何も準備せずに親が認知症を発症したり、相続が発生したりすると、介護する人、相続する人が困ることにもなりかねません。「実家をいつ売るべきなのか」は、家族の意向や資産の状況、不動産の価値、マーケットなどによるため一概には言えません。
大切なのは、売りたいときに売れる状態にしておくことです。遺言や任意後見制度など必要な手続きも紹介しましたが、まずは両親や兄弟姉妹など、家族の気持ちを知ることが何より大切です。なかなか親子で話し合いにくい話題ではありますが、私自身、もう少し早く相続対策、認知症対策に取り掛かればよかったと思うこともあります。お盆や年末年始など、家族が集まったタイミングでぜひ話し合ってみてください。