近年、マンションが著しく高騰していますが、高騰しているのは物件価格だけではありません。(公財)東日本不動産流通機構によれば、首都圏中古マンションの1㎡あたりの平均修繕積立金は、2022年から2023年にかけて3.1%上昇しました。修繕積立金のみならず、管理費も上昇傾向にあります。
そこで本記事では、さくら事務所・らくだ不動産の副社長執行役員でマンション管理コンサルタントの山本直彌(やまもと なおや)が、中古マンションの修繕積立金が上昇傾向にある理由や購入するときに見るべきポイントなどについて解説します。
<キーワード解説・用語集>
修繕積立金1. 中古マンションの修繕積立金が3.1%アップ!その背景は?
中古マンションの修繕積立金は上昇傾向にあります。2023年度の首都圏中古マンションの2023年度1㎡あたり平均修繕積立金は187円です。前年度と比較して3.1%上昇しています。
図1:首都圏中古マンションの1㎡あたり修繕積立金の年度別推移
新築時の設定額が低い
修繕積立金は値上げ傾向にあるものの、まだ国土交通省が示している「マンションの修繕積立金に関するガイドライン」の金額には達していません。現在、ガイドラインで示されている修繕積立金の目安は、2021年9月に改定されたものです。2023年の首都圏中古マンションの修繕積立金の平均単価は、187円/㎡。一方、ガイドラインの平均目安額は250〜340円/㎡程度です。
図2:計画期間全体における修繕積立金の平均額の目安
値上げ傾向にありながらガイドラインの数値に追いつかない主な理由は、新築時の金額設定が低い傾向にあるためです。マンションの修繕積立金の積立方法は、原則として長期間にわたって増額が不要とされる「均等積立方式」と定期的に積立金を増額していく「段階増額積立方式」に大別されますが、2015年以降に竣工したマンションの8割以上が後者を採用しています。つまり多くのマンションでは、築年が経過するとともに、段階的に修繕積立金を引き上げることを前提としているのです。
図3:修繕積立金の積立方式
多くのマンションが増額を前提としているとはいえ、新築時の設定額が低い印象は否めません。後述する建設費や資材価格の高騰などで新築当時に想定していたよりも修繕費用が増大することはやむを得ない部分もあるかもしれませんが、新築時の設定額が低いと、増額幅が大きくなり、所有者の負担も大きくなります。
国土交通省はこうした状況を解消すべく、2024年6月にガイドラインを改定し、均等積立方式とした場合の初期の修繕積立金額を基準額の0.6倍以上、計画の最終額は基準額の1.1倍以内とする考え方を示しました。これにより今後、分譲されるマンションは初期の設定額が上がっていく可能性があり、実際に都内を中心にその傾向が見られ始めています。一方で、既存マンションについては初期の設定額の低さから、一定程度の値上げを避けられないものと考えます。
インフレ
昨今の建設費や資材価格の高騰も、修繕積立金の値上がりに大きく影響していると考えられます。2024年7月の建設工事費は、2015年比で約1.3倍です。建築工事費の値上げは、新築のみならず修繕工事の費用にも影響します。2024年10月にも最低時給が引き上げられましたが、賃金上昇は建設工事費の高騰に直結します。
図4:建設工事費(建設総合)デフレーター(2015年基準)
管理計画認定制度・マンション管理適正評価制度の開始
2022年4月に「管理計画認定制度」と「マンション管理適正評価制度」という2つの管理評価制度がスタートしたことも大きいでしょう。
管理計画認定制度は国による制度で、自治体がマンションの管理組合が作成した管理計画を審査し、一定の基準を満たした場合に認定。一方のマンション管理適正評価制度は(一社)マンション管理業協会がマンションの管理状態を数値化・ランク付けし、その情報を公開することを目的としています。いずれも「30年以上の長期修繕計画で2回以上の大規模修繕工事が含まれており、なおかつ最終年度で黒字の状態にする(借入金の残高がない)」という要件があります。
この基準を満たそう、基準に合わせようということで、近年、大幅に修繕積立金を値上げするマンションも出てきました。従来の積立額から2倍、3倍……と値上げするマンションも少なからず見られます。
修繕積立金の値上げや長期修繕計画の見直しには、総会の普通決議が必要です。総会で承認をもらうためには、理事会で話し合い、総会を開催し、一定割合以上の賛成を得なければならないことから、一定の時間を要します。ガイドラインの改定や2つの認定制度の開始から1〜2年経った現在、徐々に修繕積立金を値上げするマンションが増え始め、平均値も上がり始めている状況です。
2. 今後も管理費や修繕積立金は上がっていく?
上昇傾向にあるマンションの修繕積立金ですが、今後も下がる要素はなく、値上がり傾向は続くものと推測されます。また、修繕積立金だけでなく、管理費も上がっていくはずです。
管理費も上昇傾向にある
近年は、修繕積立金だけでなく管理費も上昇傾向にあります。首都圏中古マンションの管理費の上昇率は2021年まで1%以下と微増でしたが、2022年、2023年の前年度比上昇率は2%を超えています。
図5:首都圏中古マンションの1㎡あたり管理費の年度別推移
管理費の高騰要因は?
管理費の大部分を占めるのは、マンションの管理会社に支払う管理委託費です。管理会社のコストの大半は人件費が占めているため、管理費の高騰要因として最も影響が大きいのは人件費の高騰と言えるでしょう。近年は、管理会社の社員に加え、管理員や清掃員の人件費も高騰傾向にあります。
また、昨今の電気代料金高騰の影響も少なくありません。大規模のマンションでは、年間で1,000万円単位の予算超過も見られます。2024年10月には、火災保険料の料率も引き上げられました。火災保険料を更新する際に、保険料が上がるマンションも多いと思います。
<火災保険の料率改定についてもっと詳しく>
火災保険料率の改定でさらに保険料が高くなる!?値上げの背景や住宅購入への影響を専門家が解説管理費・修繕積立金は今後も値下がりする要素がない
今後もガイドラインの改定や管理計画認定制度、マンション管理適正評価制度の開始を受け、修繕積立金値上げの決議が取られるマンションは増えていくものと推察されます。
都心9区の大手デベロッパーの新築マンションの2023年の管理費平均は、中古マンションの平均値の2倍ほどとなっています。この状況に鑑みても、管理費も今後、上昇傾向が続いていく可能性が高いと考えられます。
図6:新築マンション分譲年別の管理費の傾向
日本でもあらゆる物の値段が上がり、金利が上昇し始め、人件費の高騰傾向にあることから、今後も当分の間、管理費・修繕積立金ともに下がる要素はありません。
3. 修繕積立金が不足しているマンションと不足していないマンションの違いは?
国土交通省によれば、長期修繕計画に対して積立金が不足しているマンションは2023年度時点で36.6%です。4割近いマンションで修繕積立金が不足している一方で、当然ながら不足していないマンションもあります。不足しているマンションには、次のような特徴があります。
図7:長期修繕計画上と実際の修繕積立金積立額の差
長期修繕計画がない
長期修繕計画がないというマンションも、一定数見られます。こうしたマンションは、将来的に修繕積立金が不足する可能性が高いと言えるでしょう。
なぜなら、そもそも修繕積立金というのは、長期修繕計画を立てて総修繕コストを割り出し、そこから月にどれくらい積み立てていけばいいのか計算して算出するものだからです。計画がなければ当然ながら行き当たりばったりの工事となるため、修繕積立金の値上げがなかったとしても、一時金の徴収や借り入れが必要になる可能性があります。
図8:長期修繕計画の作成状況
長期修繕計画が見直されていない
長期修繕計画は、一度作成すればいいというものではありません。国土交通省は、5年に1度以上、長期修繕計画を見直すべきとしています。近年のようにインフレが進めば費用の高騰によって計画に変動が生じることもあるため、定期的な見直しは不可欠です。
築年が古いほど修繕積立金不足の傾向は高い
あくまで傾向ですが、築年が古いマンションほど修繕積立金が不足する傾向にあります。1980年代前半より前のマンションは、竣工当時、修繕積立金の積立方法が確立されていませんでした。
もちろん、途中で積立方針をしっかり策定したマンションもありますが「足りなくなったら借り入れをする」「一時金を徴収する」といったその場しのぎの積み立てをしているマンションも少なくありません。人の年齢が上がるにつれて医療費がかかるようになるのと同じで、築年が古いマンションほど修繕コストがかさみやすいこともあります。
マンションの規模が小さいと修繕積立金不足に陥りやすい
マンションの規模によっても傾向が分かれます。戸数が多い大規模マンションには、スケールメリットがあります。たとえば、月20万円の管理員の給料を100戸で割るのか、20戸で割るのかでは、1戸あたりの負担は大きく変わってきます。
同様に、共用部や共用設備の修繕コストも、マンションの規模が小さいと1戸あたりの負担が増えるため、それだけ修繕積立金不足に陥りやすくなります。
タワーマンションは修繕積立金が値上がりしやすい?
タワーマンションは、超高層建築物にあたるため特別な修繕費用がかかります。たとえば、全面に足場がかけられないため、外壁の補修時などにはゴンドラの利用が必要です。その他にもエレベーターが一般的なマンションより高性能だったり、共用施設が充実していたりするため、修繕費用は割高になります。
一方で、階層が多く、戸数が多いタワーマンションは、スケールメリットが大きく働きます。一般的に100戸以上あれば大規模マンションに分類されますが、タワーマンションは200戸以上あることも珍しくありません。修繕費用が高額になること以上にスケールメリットが効くため、私はタワーマンションだから修繕積立金が割高になるとは考えていません。
タワーマンションは資産性が高いことから、維持していくためにも管理に積極的な所有者が多いと推察されます。また総戸数が多いので、中には法律や建築に詳しい所有者もいるかもしれません。マンションの管理は、所有者の団体である管理組合がしていくものです。こうした環境も、タワーマンションの管理や修繕にプラスに働くのではないでしょうか。
4. 中古マンションの購入を検討する際に見るべきポイントは?
マンションの管理状態や長期修繕積立金の積立額は、見た目や築年帯などだけでは判断できません。中古マンションを購入する際には、次のような点をチェックしましょう。
重要事項調査報告書
不動産仲介会社は、売買の前に必ずマンションの管理会社から重要事項調査報告書を取り寄せて、次のような修繕計画や修繕積立金に関わる項目を重要事項説明書に記載します。
- 修繕計画の有無
- 修繕履歴
- 長期修繕積立額
- 長期修繕積立金や管理費の滞納額 など
これまで説明したように、上の項目は修繕積立金が足りているか、今後値上がりする可能性があるかどうかを判断する重要な情報です。重要事項説明として、売買契約前に説明を受けますが、できれば事前に見せてもらったうえで購入を判断するようにしましょう。
<キーワード解説・用語集>
重要事項説明長期修繕計画
重要事項調査報告書とあわせて、長期修繕計画書で計画内容を確認することも大切です。
まず、長期修繕計画には作成日が記載されています。作成日が閲覧時点から起算して5年以内であれば、5年以内に見直しがされていると捉えることができます。また、長期修繕計画書からは、修繕積立金が不足する可能性や必要な改修や点検が計画されているかなども読み解くことができます。
長期修繕計画を不動産仲介会社に提供していない管理会社もありますが、多くの場合、売主が管理会社に請求すれば提供してもらえます。
管理規約
管理規約が見直されているかどうかは、管理力を測る指標の一つになります。マンションの「適正な管理」とは、その時々の時勢に合わせて変遷していくものだからです。
2024年6月にも標準管理規約の改定があり、置き配やEV充電装置の総会決議に関する事項が見直されました。もちろん、このような改正点を管理規約に盛り込むかは管理組合次第ですが、マンションの住みやすさを損なわないため、そしてより向上させるためには、適宜、管理規約を見直す必要があります。
総会や理事会の議案書・議事録
修繕積立金の値上げや管理規約の改定が総会に上がる前には、まず理事会で議案として取り上げられます。決議されなかったとしても、理事会の議事録から議案として取り上げられている項目や、否決された場合にどのようなことが懸念点となったのかを読み解けます。
また、実際に管理費や修繕積立金の値上げがなかったとしても、議事録を見れば決議にかけられたかどうかを確認できます。値上げする必要があるにもかかわらず、反対多数で値上げできない状況だったとすれば、将来的に借り入れが必要になったり、一時金が徴収されたり、修繕積立金が大幅値上げされたりする可能性が高いと考えられます。
総会の議案書には、管理費や修繕積立金の収支報告書が含まれています。たとえば、収入が1,000万円、支出が1,100万円であれば、単年度で赤字のため、今後値上げになる可能性があると判断できるでしょう。
不動産仲介会社の役割も大きい
ここまでに挙げた書類は、不動産仲介会社がマンションの管理会社などに請求して取り寄せるものです。しかし、購入前の段階で買主に必ず提供されるわけではありません。こうした書類から読み解ける情報には、買主の購入意思・判断に影響があるものも含まれる可能性があるため、残念ながら積極的に買主に情報を共有しない不動産仲介会社もあります。
だからこそ、買主自らがこうした資料を認知し、請求することが非常に大切です。基本的には買主が請求すれば見せてくれるはずですが、それでも提供してもらえないのであれば、そもそもその不動産仲介会社と付き合うこと自体を考えなおしたほうがいいかもしれません。
検査(インスペクション)で状況確認を
マンションを購入する前には、ここまで挙げてきたような書類だけでなく「建物」の状況確認も必要です。
マンションにおいて、建物の構造上の主要な部分は共用部に該当するため、共用部に何らかの不具合があっても専有部の所有者であった売主の責任を問うことはできません。しかし、一般的な不動産取引においては、専有部を住宅として利用するために必要な主要設備は売主が責任を負う対象となり、買主は契約不適合責任や設備の修補義務を問うことができます。
<キーワード解説・用語集>
構造耐力上主要な部分<キーワード解説・用語集>
契約不適合責任<契約不適合責任についてもっと詳しく>
民法の改正で売主の負担がUP!?リスクを回避する方法を専門家が伝授それらをしっかりと確認するためには、建物のプロの検査(インスペクション)を入れて現状を確認することが望ましいと思います。また、そもそも購入後のトラブルを避けるため、そしてリフォーム費用や将来的なメンテナンスコストを知るためにも売買前の検査の実施が効果的です。
<キーワード解説・用語集>
インスペクション<検査(インスペクション)についてもっと詳しく>
中古戸建て・中古マンションの 「検査」「インスペクション」って?何を検査する?長期修繕計画や議案書、議事録などの書類を読み解くことは容易ではありませんので、マンション管理の専門家などの力を借りるのも一案です。
検査で診断できない部分もかし(瑕疵)保険で備える
検査(インスペクション)といっても、壁や床を壊してまで状況を確認することはないため、壁の中の状態や床下を通っている排水管の状況などを正確に把握することはできません。一戸建てには排水管を見るための点検口がついていることも多いですが、多くの場合、マンションの住戸には点検口がついていません。
また、排水管の不具合について売主が責任を負うのは、多くの場合3ヶ月間です。これ以降に不具合が発覚した場合は、買主が費用を負担して修繕しなければなりません。
検査にも限界があることから、検査に加え「かし(瑕疵)保険」に加入しておくと、より安心できると思います。
<キーワード解説・用語集>
既存住宅売買瑕疵保険<かし(瑕疵)保険についてもっと詳しく>
中古戸建て・中古マンションの売買や保有時のリスクを回避する「保険」や「保証」どんなものがある?5. マンションを所有する人がやるべきこと
マンションを購入した後は、マンションを維持・管理していく管理組合の一員になります。今後の流通性や資産性、居住快適性を維持・向上するためには、積極的にマンションの管理に関わることが大切です。
総会に出席する
まず、年に一度の総会には、できる限り出席しましょう。議決権行使書や委任状を出して出席したことにする人が多いのが実態ですが、住んでいるマンションにどのような課題があって、所有していることにどのようなリスクがあるのかを把握することは非常に大切です。
マンションの管理をするのは、管理会社ではなく所有者で構成される管理組合です。マンションの資産性や管理に興味がある人は、理事や委員、理事長に名乗りをあげて、積極的に関わるようにしましょう。
また、多くのマンションは理事会議事録を所有者に配布しています。総会に出席するだけでなく、議事録にも目を通し、どのようなことが議論されているのかを知ることも大切です。
(管理組合として)認定取得を検討する
管理計画認定制度やマンション管理適正評価制度は、認定を取得することでインセンティブが得られます。たとえば、管理計画認定制度で認定されると、フラット35の当初5年間の金利が引き下げられます。マンション管理適正評価制度も、評価された場合は、一部の銀行で金利優遇幅が拡大します。
そして、両制度ともに「評価されたマンション」「認定されたマンション」として公開されます。実際に現場を見ていても、マンションを購入する人の管理に対する興味関心は日ごとに増しているように思います。
管理計画認定制度やマンション管理適正評価制度は、マンション管理を円滑に行うためのものでもありますが、評価・認定を受けること自体がマンションの資産性にいい影響を与えるという見方もできます。マンションの管理状態が、資産価値に直結するような影響を与える時代も近いと考えます。認定や評価を取得することだけがすべてではなく一定の労力も必要となりますが、多様なメリットがあるため、管理組合の活動に関わる人は積極的に考えてみてもいいかもしれません。
「経年劣化」ではなく「経年優化」を目指す
たとえば、板橋区の「サンシティ」というマンションでは、分譲会社が経年劣化ではなく「経年優化」というコンセプトを掲げ、1978年築でも一定の価値を維持し続けています。駅から徒歩10分の団地型のマンションとして、そのスケールメリットを活かし、維持・管理はもちろん、緑化を推進するなどしています。若年世帯の入居もあり、世代交代が進んでいると聞いています。
「世代交代」は、マンション管理における一つの重要なキーワードです。マンションの流通性、資産性を考えると、次の世代にいかに購入したいと思ってもらえるかが持続可能性を左右します。時代に合わせてマンションの管理組合も、進化していかなければなりません。男性、女性、若者、高齢者……さまざまな人の意見を取り入れて、柔軟に運営していくことがこれからのマンション管理に求められると考えます。
6. 修繕積立金は、マンションの管理状態を見極める一つの指標。積極的に確認し、関わることで資産価値もUP
管理費や修繕積立金が上昇傾向にあるのは、新築時の設定額やインフレ、人材不足などが影響しているため、仕方のないことだと言えます。逆に、不足しているにもかかわらず値上げできていないほうが、将来的に大幅な値上げや一時金の徴収などの可能性があり、リスクとなります。
マンションを購入する際には、立地や築年数、金額などの条件だけでなく、管理状況にもしっかり目を向けることが大切です。そして、購入後は積極的にマンション管理に関わり、資産性、収益性、居住快適性を維持・向上させていきましょう。