近年は、住宅の省エネ性能への関心が高まっています。2025年度からはすべての新築住宅に現行の省エネ基準への適合が義務づけられ、新築住宅の省エネ基準は2030年までに「ZEH」水準にまで引き上げられる予定です。
ZEH(ゼッチ)とは「省エネ+創エネ」で、エネルギー収支ゼロを実現する住宅で、Net Zero Energy Houseの略です。ZEHが中古住宅として市場に出ることはまだ多くありませんが、中古住宅をリノベーションしてZEH水準の省エネ性能にまで高めることも可能です。近年は国をあげて住宅の省エネ性能向上を促進しているため、税制優遇や補助金制度も手厚いものとなっています。
この記事では、Japan.asset management(株)の管理建築士で(一社)リノベーション協議会 品質基準技術委員として中古住宅の省エネ基準策定などを行っている黒田 大志(くろだ だいし)が、前編・中編・後編の3編にわたり、ZEHのメリットや中古住宅の性能向上リノベーション事例、ZEH化で利用できる税制優遇・補助金制度、中古マンションのZEHについて解説していきます。
1. ZEH(ゼッチ)とは?
ZEHとは、国が定義する「ゼロエネルギーハウス」を指します。生活をするうえでは一定のエネルギー消費を避けられないため、基本的に「省エネ」に加えて「創エネ(エネルギー創出)」によってエネルギーゼロを目指します。
エネルギー収支がゼロになる建物
ZEHとは、国が定めた基準エネルギーを1年間で20%削減し、エネルギー創出によって収支がゼロになる建物のことです。出て行くエネルギーは、給湯・空調(暖冷房)・照明・換気の4つと定義されています。家電などに使用するエネルギーは含まれません。
図1:ZEHとは
厳密に言えば、以下の4つの基準を満たす必要があります。
【ZEHの4つの基準】
- ZEH強化外皮基準
- 再生可能エネルギー等を除き、基準一次エネルギー消費量から 20%以上の一次エネルギー消費量削減
- 再生可能エネルギーを導入(容量不問)
- 再生可能エネルギー等を加えて、基準一次エネルギー消費量から100%以上の一次エネルギー消費量削減
(1)の「強化外皮基準」は、省エネ基準の地域区分によって以下のように異なります。
地域区分 | 1地域 | 2地域 | 3地域 | 4地域 | 5地域 | 6地域 | 7地域 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
ZEH強化外皮基準(UA値) | 0.4以下 | 0.5以下 | 0.6以下 |
たとえば「6地域」に該当する東京23区のZEH強化外皮基準は「0.6以下」です。
図2:省エネ基準の地域区分
「ZEH水準」って何?
ZEHは基本的に省エネと創エネによってエネルギー収支をゼロとする建物ですが、屋根の面積が小さい狭小地では太陽光発電パネルを乗せられないこともあります。また、寒冷地や低日照地なども十分な創エネができません。こういった状況に鑑みて、75%以上のエネルギー削減で認定される「Nearly ZEH(ニアリーゼッチ)」やエネルギー創出ゼロで認定される「ZEH Oriented(ゼッチオリエンテッド)」という基準が設けられています。
Nearly ZEH、ZEH Orientedはエネルギー収支がゼロにはなりませんが「ZEH水準」として住宅ローン減税や補助金などが受けられます。
図3:ZEHと「Nearly ZEH」「ZEH Oriented」
そもそも「ZEH水準」は、最低限の義務化基準(省エネ基準)より強化した高断熱基準で、一次エネルギー消費量も設備等の高効率化によって省エネ基準相当から20%削減することです。
Nearly ZEHやZEH Orientedの適用条件は、寒冷地・低日射地域・多雪地域・都市部狭小地であること。どのようなエリアでも認められるわけではありません。また、国が定める断熱基準も地域(下記※参照)によって異なるため、同じ性能であってもZEH水準を満たす場合・満たさない場合に分かれる可能性があります。
図4:断熱基準は地域によって異なる
ZEH水準は「断熱等性能等級5」以上
エネルギーの創出量が大きければ「収支ゼロ」は達成できます。しかし、ZEH水準は断熱性能を高めたうえで、高性能設備でエネルギーを上手に使い、エネルギーを創出してエネルギー収支ゼロにする住宅ですが、単にエネルギー収支をゼロにすればいいというわけではなく「等級5」以上の断熱性能が求められます。
図5:断熱等性能等級
2. ZEHのメリット
高断熱で消費エネルギーが少ないZEHには、次のようなメリットがあります。
光熱費が削減できる
ZEH(ZEH水準も含む)はエネルギー使用量が削減できるため、日々の光熱費を抑えることができます。昨今、電気代が高騰していますが、2022年11月時点の国の試算では、東京都などの6地域で省エネ基準の住宅と比較した場合、ZEH水準の住宅は年間約46,000円の光熱費が削減できるとしています。
図6:節約できる年間の光熱費の目安
快適性が向上
断熱性能を高めれば、快適性も向上します。「快適さ」は言葉では表しづらいですが、ZEH水準の住まいは室内の年間平均温度が15〜16度以上と言われています。築年数が古い戸建ては、冬場に10度を下回ることも多いものです。断熱性能を高めることで熱の出入りが小さくなるため、冷暖房効率も上がり、冬や夏を快適に過ごすことができます。
健康にも寄与
個人の特性や住まい方にもよりますが、家の温度が一定に保たれると、家の中の温度差が主な要因とされる「ヒートショック」を抑制できると言われています。また、断熱性能が高い家は結露が発生しにくくなるため、カビやダニの発生を抑制する効果も期待できます。住まいの断熱性能が高いほど、気管支ぜんそくやアレルギーなどの症状が改善したというデータも見られます。
図7:断熱性能と各種疾患との相関
3. 世界的に見て日本の住宅の省エネ性能ってどうなの?
近年はZEHなどの高断熱住宅が見られ始め、2025年度には省エネ基準の適合義務化を控えています。しかし、日本の住宅の省エネ性能は、他の先進国と比較すると決して高いとは言えません。
日本の現行基準「断熱等性能等級4」とは
現行の日本の断熱性能の基準となる水準は、前述の通り「等級4」です。2025年度にはすべての新築住宅にこの基準を満たすことが義務づけられますが、断熱等性能等級4というのは決して新しい基準ではありません。現行基準は2014年に制定されたものですが、実は1999年に制定された「次世代省エネ基準」と計算方法が違うだけで基本的には同じ性能。結局のところ、25年間変わっていない基準というわけです。
図8:省エネ基準の変遷
日本は他の先進国と比べて一歩遅れている
断熱等性能等級4は外皮の性能が0.87以下と定められていますが、この水準は世界的に見れば低いと言わざるを得ません。気候や家の建て方が異なるため比較はできないものの、同程度の緯度の他国と比べても低い基準です。
住まいの断熱性能において先進的な取り組みをしているEU諸国では、快適な住環境をキープすることは人の権利の一つと考えています。「住まいの快適性が維持できない=人権侵害」という考え方です。イギリスでは、保健省(日本でいう厚生労働省)がすべての新築住宅に対し、18度以上の室温が維持できる断熱性能を義務づけています。
日本は、2021年の気候サミットで2030年度に温室効果ガスを2013年度から46%削減を目指すと表明しました。快適性能の向上を目指すことで「エネルギーの削減の達成」を重視していますが、あくまでも省エネ視点であり、EU諸国のように快適性能の低い家は人権をも侵す、というほどの根本的な意識づけまではできていません。
なぜ日本の住宅の断熱性能は世界に後れを取っているのか
日本の住宅は、木造軸組工法が一般的です。「軸」で人が暮らすスペースを作るため、西洋で見られる石積みのような住宅と比べると「間」のある居住空間と言えます。日本の住宅のよさでもありますが、ふすまや障子で光や風を取り入れながら生活してきたという歴史もあって、やはり断熱・気密という観点では、技術的にも意識的にも他の先進国に比べると後れを取っています。
また、日本の制度や仕組みが住宅性能の停滞に拍車をかけてしまったという見方もあります。「4号特例」という建築基準法に基づく審査省略制度によって、一般的な戸建て住宅の建築確認手続きを簡略化することができたため、十分な性能チェックが行われていない住宅が増えてしまったと考えられるのです。ただこの点は、2025年度から見直される予定です。
図9:2025年4月に変わる予定の「4号特例」
2030年にはZEH水準が省エネ基準に
国は2020年までに新築の過半数をZEH水準にすることを目指していましたが、これは概ね達成しています。現行の省エネ基準は断熱等性能等級4ですが、2030年までに断熱等性能等級5、つまりすべての新築住宅においてZEH水準まで省エネ基準が引き上げられる予定です。4号特例の見直しや省エネ基準の引き上げなどによって、日本でも確実に住宅性能に対する意識や制度面の改革が進んでいます。
図10:ZEHロードマップ
4. ZEHについて知り、快適な住まいにするにはどうすればいいかを考えよう
これまで見てきたように、国は今後も省エネ基準を引き上げ、特に「エネルギー削減」の目標達成を目指していく方向です。けれども、本質的に考えれば断熱性能・機密性能の高い家は「快適に暮らせる住まい」です。これから家を買う人は、自分たちが快適に住み続けていくためにも、どのような住まいを選び、つくっていくのかを考えるべきでしょう。
次の中編では、中古住宅でもZEHを実現する方法や使える補助金などを実際のリノベーション事例とともに紹介します。