中古住宅購入時のかし(瑕疵)保険の加入は、買主の大きな安心につながります。また、かし(瑕疵)保険は、不動産の価値を高め、売却後のリスクを回避する効果にも期待できることから、売主にとってのメリットも大きいと考えられます。しかし、不動産会社から中古住宅の取引の際に売主や買主に対し、かし(瑕疵)保険やその加入に必要な検査について適切な説明があるとは限りません。
今回は、不動産会社から事前にかし(瑕疵)保険の説明がなかったことに対し、売主が激怒した事例を価値住宅 代表取締役の高橋 正典(たかはし まさのり)が紹介します。
1. 売主側から「検査(インスペクション)はさせない」と言われ……
これから紹介する事例は、コロナ前の不動産売買取引です。私は買主さん側の仲介担当者でした。売主さんの仲介担当は、地元の大手不動産会社。売主さんは、同社で住み替え先の住宅も購入されたそうです。
値下げには応じてくれたが……
買主さんが購入したのは、1985年築の新耐震基準の一戸建てです。値下げされた直後だったのですが、買主さんは「もう少し安く買いたい」ということで、さらに値下げ交渉をしました。売主さんの売却理由は住み替えで、新居の引渡しも迫っていたため早めに売却されたかったのでしょう。値下げ交渉には、快く応じてくださいました。
しかし、「かし(瑕疵)保険に加入したいから住宅の検査をさせてほしい」というこちらからの申し出には、首を縦に振ってもらえなかったのです。
かし(瑕疵)保険とは?
かし(瑕疵)保険とは、購入後に万が一、漏水や建物の構造の重要な部分に不具合があることが判明した際に、補修費用等を補償してくれる保険です。加入には引渡し前に検査が必要となりますので、引渡し前に売主に許可してもらわなければなりません。
かし(瑕疵)保険についてもっと詳しく
「かし(瑕疵)保険付き中古物件」とは?保証とは何が違うの?かし(瑕疵)保険加入のための検査を断られた理由
かし(瑕疵)保険の加入や検査の実施は、売主さんにとってもメリットがあります。詳細については後で解説しますが、検査によって得られる「安心」は、物件の付加価値となりますし、売却後に(当時の)瑕疵担保責任(現在は「契約不適合責任」)を負うリスクも下がるからです。
かし(瑕疵)保険の加入を断られた要因は、仲介会社がこのような意義やメリットを理解していなかったことにあると考えます。当時は、そこまでかし(瑕疵)保険の加入が一般的ではなかったのは確かです。仲介会社は、引渡し前の検査によって「取引が遅れる」「物件の粗(改修が必要な箇所など)が見つかる」といったことが売主さんや自社にとって不利益になると考えたのでしょう。
2. 直接面談で売主が激怒!その理由とは?
こちらも粘り強く検査の実施をお願いしたところ、売主・買主・両者の仲介会社の4者面談が実現しました。つまり、売主さん側の仲介会社は、検査やかし(瑕疵)保険の目的やメリットの説明を私に任せた格好です。
売主・買主・両者の仲介会社の4者面談
「非常に躯体もしっかりしている素晴らしい物件」
「綺麗に住まわれている」
「だからこそ、検査の実施のかし(瑕疵)保険加入ができたらさらに大きな安心になる」
私は、このような主観や検査のメリットを売主さんに話しました。加えて、もしも検査の結果、かし(瑕疵)保険に入れなかったとしても、買主さん側は購入申込みを取り下げないことを約束。すると、最初は険しかった売主さんの表情がみるみる和らぎ、「そういうことだったら……」と検査の実施を了承してくれたのです。
しかし、その後すぐに売主さんの表情が再び曇ることになります。
検査を受け入れてくれたものの、売主がその仲介会社に対して激怒
かし(瑕疵)保険加入に伴う検査の実施に了承してくれた売主さん。しかし、一度、和やかになった表情はみるみる険しい表情へと戻ってしまいました。売主さんの口から発せられたのは、売主さん側の仲介会社に対する不信感でした。
売主さんの言い分をまとめると、次のとおりです。
- かし(瑕疵)保険や検査なんて話は一言も説明されていない
- 検査や保険を入れたら値下げする必要はなかったのではないか?
- 買い替えで急いでいるというのに、なぜ早く売れるかもしれない方法を教えてくれなかったのか?
……すべて売主さんの言う通りですから、仲介会社はぐうの音も出ません。売主さんのお怒りはかなりのもので「仲介会社を訴える」という話にも発展しかねなかったのですが、私たちもフォローさせていただき、なんとかその場を収めました。
紆余曲折はありつつも、買主さんは検査を経てかし(瑕疵)保険に加入でき、売主さんは新居の引渡しまでに売却できたため、結果的には良いお取引になったのではないかと思います。
3. 【売主向け】不動産売却では不動産会社選びが何より大切
今回の事例は「不動産売却における不動産会社選び」の教訓とも言えるのではないでしょうか。同事例の売主さんが口にした通り、検査の実施や保険に加入していれば、より好条件で売ることもできたかもしれません。
かし(瑕疵)保険や検査の価値を認識していない不動産会社は一定数ある
同事例は数年前の取引ですが、いまだに検査やかし(瑕疵)保険の存在や価値を認識していない不動産会社は一定数あります。中には、一定の築年数の一戸建てやマンションは取引のリスクが高いため「プロに任せる(買取事業者に売る)べき」と考えている仲介会社もあります。
買取事業者は、現状のまま不動産を買い取ってくれる一方で、価格は市場の7割前後になってしまうのが一般的です。つまり、検査の実施や保険の付保など時間や労力がかかることを回避し、安く、早く売るのが正解だと考える仲介会社も存在しているのです。
仲介会社の役割は、安心・安全な不動産取引を仲介するとともに、あらゆる選択肢を顧客に提案することにあります。買取事業者に売ることも選択肢の一つですが、しっかりと検査をして、かし(瑕疵)保険に加入し、一般の人に向けて販売するのもまた選択肢の一つ。仲介会社の都合や先入観で可能性を狭めてしまうのは、あってはならない行為だと私は考えます。
検査や保険加入で高く売れる可能性もある
検査済み、かつ、かし(瑕疵)保険の付保は、買主の大きな安心となります。さらに、買主側の仲介会社も安心して紹介できるというメリットがあります。最終的に購入を決定するのはもちろん買主ですが、仲介会社に多く紹介してもらえるかどうかは、売却のスピードや価格にも直結します。
検査は「粗探し」ではなく、物件の価値を証明するための手段です。状態の良い物件は、その良さを検査で証明することでさらに価値が高まります。
保険や検査は売却後のリスク回避のためでもある
売主にとって売却前の検査を受け入れること、あるいは自ら検査を実施することは、買主への最大限の誠意です。個人的には、不具合があるかもしれない物件をわからない状態で売るべきではないと考えています。「不具合のある家を売るべきではない」と言っているのではありません。「不具合をできる限り知ってもらったうえで売る」ことが大切なのです。これは単に「誠意を見せる」「モラルを持つ」という話ではなく、売主にとっても大きなメリットとなります。
不動産の売主には「責任」があります。当時は「瑕疵(かし)担保責任」という隠れた不具合に対する責任でしたが、これが2020年の民法改正により「契約不適合責任」に変わっています。
契約不適合責任とは、契約内容に適合していない不具合に対する売主の責任です。状況に応じて、買主は売主に対し、次のような手段が取れます。
- 追完請求(修理や代替物の請求)
- 代金減額請求
- 解除請求
- 損害賠償請求
追完請求や代金減額請求は、旧民法にはなかった権利です。加えて、改正により、損害賠償の範囲も広がっています。
契約不適合責任についてもっと詳しく
民法の改正で売主の負担がUP!?リスクを回避する方法を専門家が伝授瑕疵担保責任が契約不適合責任に変わったことにより、不動産取引において売主が負う責任は重くなったと言えるでしょう。ただ、契約不適合責任における責任範囲は「契約に適合していない不具合」。契約書にしっかり明記され、双方の合意が取れていれば、契約不適合責任の対象にはなりません。検査によって不具合を明らかにし、さらに保険で契約不適合責任の負担を軽減できることは、売主にとっても大きなメリットになるものと考えられます。
検査費用はどちらが負担するべき?
住宅の検査には、数万円程度の費用がかかります。私は、基本的に売主側で費用を負担して検査をするべきだと思っていますが、検査の実施を含め、これは売主、買主の意向次第であり、物件の状況次第でもあります。
たとえば、保険の加入ができそうもなく、建物に価値がつかない古い一戸建てを検査する必要があるかといえば、その限りではありません。一方、いくら古くても、買主が綺麗にして住みたいから検査をしてほしいと言うのであれば、どちらが費用を負担するかを話し合ったうえで検討すべきでしょう。
検査をした方がいい住宅の特徴
特に「検査済証」のない一戸建ては検査する意義が大きいと考えます。検査済証とは、建築確認・中間検査・完了検査が完了し、建築基準法で定められた基準への適合が認められた不動産に対して交付される書類です。
1999年に中間検査制度が創設され、2007年に3階建て以上鉄筋コンクリート造の共同住宅の床・梁の配筋工事について全国一律で中間検査が義務付けられました。完了検査率は2009年に9割を超えましたが、90年代後半は検査済みの不動産が半分以下です。これらのことから、2000年築以前は必ず、2000年代の物件も検査済証の有無や状況次第で検査を実施されたほうがいいでしょう。
とはいえ、私はどんな築年帯の物件であっても、売主、買主が状態を把握したうえで売買するメリット、つまり検査を行うことのメリットはあると思っています。不動産を好条件で売るための施策の中でも、かし(瑕疵)保険の費用対効果は非常に高いものです。競合物件がある場合は、差別化にもなります。
4. 【買主向け】売主に検査の実施やかし(瑕疵)保険加入を認めてもらう方法
同事例のその後の話ですが、検査を実施したところ、外壁に不具合が見つかり入居前に修繕することができました。今回の事例は新耐震基準を満たしている物件でしたが、旧耐震物件において耐震基準を満たさない物件を取得する際も、事後に耐震補強を行い、かし(瑕疵)保険に加入することで住宅ローン減税を受けることができます。検査や保険への加入によって得られるのは「安心」だけでなく、金銭的なメリットもあるのです。
売主に交渉してみる
私の経験則でいえば「絶対検査を入れたくない」という売主はそうそういません。売主の多くが、買主に安心して住んでもらいたいと考えているものです。同事例で結果的に検査を入れられたのも、直接売主に気持ちを伝えたから。特に、売主側が検査や保険の意義やメリットを理解していない様子であれば、売主側の仲介会社の許可を得たうえで直接説明させてもらうことも含め、検討をお願いする価値はあると言えます。
不動産会社・エージェントを先に選ぶという方法も
不動産会社の担当者やエージェントの中でも、検査やかし(瑕疵)保険の意義を十分理解していない人はいます。売主に検査を了承してもらえるかどうかも、仲介会社次第と言えます。そういった意味では、物件ありきで家探しをするのではなく、自身の仲介担当となる不動産会社やエージェントを先に見つけておくというのも、検査の実施やかし(瑕疵)保険に加入するための手段の一つだと言えるでしょう。検査や保険の意義を正しく理解している不動産会社やエージェントとともに家探しをすることで、自分に合った買い方を選択できる可能性が高まります。
理想とリスクとのバランスも考える
残念ながら、現在の日本の不動産市場では、売買前の検査実施や保険への加入がまだまだ一般的とは言えません。中古住宅を購入するうえでは必ず検査をすべきだと私は考えていますが、検査の実施や保険への加入を優先することで、買いたい物件を買い損ねる可能性があるというのも事実です。
たとえば、「検査をしなくてもいい」「すぐに購入する」という買主と、「保険に加入したいから購入前に検査をしたい」という買主がいた場合、売主がどちらに売るかと言えば、やはり前者に売る人が多いと考えられます。すなわち、検査や保険の加入を希望することにより、売却相手として売主の中での優先度が下がってしまう可能性があるのです。
そのため、「どうしても欲しい」物件に関しては、時としてリスクを負うことも必要になります。検査をしたうえで理想の物件を購入することが一番ではありますが、理想とリスクのバランスを考えなければならない局面もあり得るということです。
5. 「検査(インスペクション)」の種類は一つではない
建物検査(インスペクション)の種類は、一つではありません。かし(瑕疵)保険に加入するなら、専用の検査を受ける必要があります。
建物の検査は健康診断と同じ!?
建物の検査には、グレードがあります。健康診断と同様に考えるとわかりやすいかもしれません。一口に健康診断と言っても、血液検査なのか、がん検診なのか、人間ドッグなのかで、知り得る状況や把握できるリスクは大きく異なります。
建物検査も同じです。仲介会社が独自に行うものから建築士が検査するものまで、千差万別です。検査箇所もそれぞれであり、費用にも開きがあります。検査を実施する際には「検査さえすればいい」とは思わず、インスペクション業者の実績やプランをよく見たうえで検討するようにしましょう。
検査・インスペクションについてもっと詳しく
中古戸建て・中古マンションの「検査」「インスペクション」って?何を検査する?かし(瑕疵)保険に加入するならその要件に合った検査を
かし(瑕疵)保険の加入には検査が必要ですが、これはどんな検査でもいいというわけではありません。保険加入のための検査項目や検査の時期などは非常に細かく定められており、建築士による検査が求められます。
6. 検査や保険に詳しい不動産会社を選び、トラブルに備えることで安心な取引を目指そう
今回紹介した事例における売主さんのお怒りや後悔は、不動産会社の経験・知識不足がもたらしたものです。不動産の購入にしても、売却にしても、検査や保険に詳しく、信頼のおける不動産会社を味方につけることができるかどうかが売買の満足度に直結します。安心な取引を目指すため、まずは不動産会社の専門性や中立性、提案力を見極めましょう。