空き家が急増する日本では、空き家の適正な管理や除去が喫緊の課題の一つとなっています。2015年に施行された「空き家対策特別措置法」によって、空き家の維持・管理に対する規制が定められ、空き家所有者への風当たりは強くなったと言えます。空き家を取得することになる背景は、ほとんどが相続です。日本社会全体の高齢化と核家族化が進んだことに伴い、所有者が亡くなった後、相続人がすぐに住まいとして引き継げない状況が増え、今後ますます空き家となる家を相続する事例は増えていくものと考えられます。
本記事では、(一社)リノベーション協議会会長であり、空き家リノベラボを運営するJapan. asset management(株)の内山博文(うちやま ひろふみ)と東急(株)住まいと暮らしのコンシェルジュ目黒店店長の山中勇司(やまなか ゆうじ)が「相続した空き家をどうすべきなのか」をテーマに対談した様子をレポートします。
※本記事は2023年6月に実施した対談をもとに執筆しています。
1. 空き家に関する相談で多いものは?
内山博文(以下、内山):住まいと暮らしのコンシェルジュのもとに寄せられる相談は、どういったものが多いのでしょうか?
山中勇司(以下、山中):住まいのリフォームや売買、新築やその活用など、多岐にわたります。相談の中でも「空き家」についてご相談いただく割合は、年々増えています。2022年に住まいと暮らしのコンシェルジュに寄せられた相談件数は約6,000件だったのですが、このうち148件が空き家の相談でした。
私ども東急は「東急沿線の活性化」とともに発展してきました。やはりもともと鉄道事業が母体の企業ですので、東急線沿線の価値を落としたくないということは強く思っています。空き家の増加は、エリア全体の治安の悪化や資産価値の低下にもつながるため、当社としても今後、空き家対策は積極的に取り組んでいきたい課題の一つです。
内山:2018年時点の空き家数は849万戸。1998年からの20年で約1.9倍に増加しています。ここ最近、空き家について相談される方の傾向に変化は感じていますか?
山中:最近の傾向ですと、ご相談者の年齢層が上がっているように思います。ご相談者だけでなく、空き家を所有している方も高齢化しています。相談にいらっしゃる理由は、主に「相続で引き継いだ空き家」や「親が高齢者施設に入って空き家化した実家」をどうしていいかわからないといったものです。また、いわゆる「相続空き家」や「相続予備軍」の方からのご相談が増加しているように感じています。
内山:東急さんは、相続や相続予備軍の増加にどのようなソリューションを持って対応しているのでしょうか?
山中:私どもは、内山さんが代表を務めるJapan.asset management(Jam)の「空き家リノベラボ」をはじめとする提携会社やそのサービスを紹介するような形式を取っています。一口に空き家のご相談と言っても、住まいの点検から庭木の伐採、解体、売りたい、活用したいなど、ご相談者のニーズは多岐にわたります。ご相談の背景やニーズに即したさまざまなサービスを提案できることが、住まいと暮らしのコンシェルジュの強みだと考えています。
2. 空き家になってしまう理由
山中:空き家になる背景には、さまざまなご事情が垣間見えます。割合的に多いのは、ご親族の間で意見がまとまらないケースです。たとえば、兄弟2人で実家を相続した場合、1人に売りたい意向があっても、もう1人が「親が大事に持っていた土地だから手放したくない」と主張すれば、話し合いは平行線になってしまいます。
内山:話し合い以前に、そもそも親族間でコミュニケーションが取れていないケースも見られますよね。
山中:おっしゃる通りです。私どもも深入りできない部分になってきますので、ご相談者の判断を助けるための提案やサポートはできても、なかなか具体的な対応策に結びつかないこともあります。内山さんは色々なご経験があると思うのでお尋ねしたいのですが、このような場合、第三者である私たちはどんなことができるとお考えですか?
内山:自分たちが育った実家が空き家になるケースは非常に多いですよね。いずれ戻りたいと考える人もいれば、戻るつもりはないけど資産として残したいと考える人もいます。空き家を所有している人の想いや意向は本当に千差万別で、共有不動産ともなれば話がまとまらないというのは、ある種、仕方のないことだと思います。
100人相続する人がいれば、100通りの悩みや問題があります。まずそれを認識すべきですね。建物の状況もロケーションも権利関係も、さまざまです。古家であったりすると、何から手をつけたらいいかわからず、そのまま時だけが経過してしまうこともあります。これらの課題の解決をサポートする私たちも、さまざまな状況に対応できるだけの不動産から建築、税金のことなど専門的な幅広い知見を集めなければなりませんね。
3. 相続の問題だけではない!多岐にわたる空き家の課題
内山:空き家の75%以上が築35年以上という統計があります。空き家の建物の特徴や傾向について、どのように感じていますか?
山中:空き家の大部分を占める築40年、50年のお住まいは、耐震性が低かったり、増改築によって違法建築やそもそも既存不適格になってしまっていたり、検査済証がなかったりと、利活用を妨げる課題が複数あります。空き家の構造や状態が要因で専門的な知見がないと利活用につなげられないと思うケースは少なくありません。この点は、空き家活用の大きな課題の一つであると考えています。
内山:「空き家になってから」「相続してから」ではなく、事前に備えることも大事になってきますね。
山中:2015年に空き家対策特別措置法が施行されて以来、空き家を放置することによる所有者のリスクは高まっていると言えます。行政から「特定空き家」に指定された上で勧告を受けてしまうと、固定資産税が最大6倍になり、命令の段階で50万円以下の過料に科される可能性があります。最終的には、行政代執行で空き家が撤去され、解体費用は所有者に請求されます。
これらを回避するには、空き家の適切な管理が求められます。2023年中には、対象が「特定空き家」から、そのまま放置していると特定空き家になるおそれのある「管理不全空き家」にまで拡大される見込みです。空き家の管理にはお金も時間も労力もかかりますので、まずは空き家になる前にご相談いただきたいですね。
内山:空き家を放置する時代は終わりましたね。空き家になる前にできることとして、どんなことが挙げられますか?
山中:たとえば、認知症などにより意思能力がなくなったと判断されると、さまざまな資産が凍結されてしまいます。口座から自由にお金を引き出すこともできなくなり、不動産の売却や活用もできなくなってしまいます。こうした状況に備えるには、事前に「家族信託」を結んでおくのが有効です。意思能力がないと判断されてから対策を講じるには成年後見制度を利用することになりますが、この場合、自分の意思で後見人を選定することはできません。
また、遺産分割で揉めてしまうことで相続資産が空き家になってしまうこともあります。こうしたことに備えるため、信託会社の紹介や遺言書の書き方・公正証書化のサポートなどもしています。弊社が主催する終活セミナーの反響も、非常に大きいですね。
4. 相続した空き家を手放さずに活用する方法は?
内山:空き家を所有しているだけでは、費用も労力もかかり続けてしまいます。「空き家やその敷地を活用したいけど、すぐには長期的な方向性は決められない」という方のために、私たちは空き家の“暫定利用”を促すために「SAIKATSU」などさまざまなサービスの提供を始めました。
「SAIKATSU」では、弊社が空き家を借り上げた上でオーナーに代わり空き家をリノベーションし、利活用する提案を中心に空き家活用を促しているのですが、20年も30年も継続されることを前提には考えていません。一定期間、建物の維持・管理の手間をなくし、収入を得ながら活用していただく間に、自ら住むのか、売るのか、または本格的に土地活用をするのか決断してもらえたらいいなと思って始めた事業です。活用後にはリノベーションした住宅が無償で引き継がれますので、どんな選択をされたとしても、その段階でオーナーの一助になれると思います。
山中:人口減少や少子高齢化、そして暮らし方や働き方、好みの多様化はどんどん進んでいきますから、空き家の活用や再生を支援する取り組みは非常に興味深く拝見しています。
内山:まさに、今おっしゃった「多様化」は空き家活用の重要なキーワードになってくるものと考えています。いかに地域のニーズを読み解きながら、パーソナライズして活用方法を考えることが大切です。立地や地域のニーズによっては、住宅用途だけにとどまらず、さまざまな用途を考える必要もあるでしょう。
山中:コロナ禍を経て、これまでの概念が通用しなくなってきたという部分はありますよね。将来、ご自身やご親族が居住する可能性やその先の相続のことも視野に入れ、少子高齢化、人口減少、働き方の変化、これらを踏まえ空き家の活用方法として「多様化・多用化」を想定しながら活用を考えることが求められます。
内山:短期的な視点だけでなく、中長期的な視点を持つことが大切ですね。行政の空き家相談では、社会貢献施設などへの誘導はしてくれますが、利活用までとなると、東急さんのように、不動産だけではなく建築法規や税制などに詳しい空き家活用専門の会社に相談や依頼をした方がいいと考えます。
5. 相続した空き家の解体・売却・活用に使える助成制度や控除特例
内山:相続した空き家の解体や売却、活用には、費用もかかります。所有者が使える助成制度にはどのようなものがありますか?
山中:助成制度は、自治体によって大きく異なります。空き家対策や街づくり事業に力を入れている印象があるのは、東京都品川区や大田区をはじめ、都心に多いと感じています。特に、解体の対象や助成金額は非常に大きいですね。目黒区は、空き家の管理に対する助成制度が充実しています。
助成事業名 | 1.壁面後退奨励金交付 | 2.戸建て・共同建替え助成 | 3.共同建替え助成(複数所有者共同建替え) | 4.老朽建築物除却助成 | 5.特定整備路線老朽建築物除却助成 | 6.専門家派遣支援 | 7.不燃化特区支援税制(東京都) |
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助成・支援概要 | 地区防災道路に接する長さに応じて 30万円 40万円 50万円 | 耐火 準耐火 | 2棟を除却し共同化する場合の例 耐火 準耐火 | 最大100万円 | 最大1,550万円 | 建築士や弁護士などを派遣し、建替えの課題の解決を支援します。 | 建替えや老朽建築物を除却した場合、固定資産税及び都市計画税を5年間減免します。 |
大森中地区(西糀谷・東蒲田・大森中) | ○ | ○ | × | ○ | × | ○ | ○ |
羽田二・三・六丁目地区 | × | ○ | ○ | ○(注釈) | × | ○ | ○ |
補助29号線沿道地区 | × | × | × | × | ○ | ○ | ○ |
(注釈2)壁面後退奨励金は、令和4年3月に終了。
対象 | 助成額 |
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耐火・準耐火建築物以外の木造建築物 | 現在の建物の床面積×31,000円/㎡ (1,550万円を限度・千円未満は切り捨て) |
管理委託助成 | 樹木せん定助成 | |
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助成金額 | 管理委託費用の年度ごとの総額費用の1/2 (1ヶ月あたりの上限は2,000円) | 樹木のせん定費用の1/2 (上限は20,000円) |
助成期間・回数 | 初回の申請月から継続した最長36ヶ月以内 | 管理委託助成を受けている期間内に1回限り |
主な要件 | ・管理している事業者等の名称及び連絡先の掲示物を設置すること ・その空き家が初めて管理委託助成を受けること | ・管理委託助成を受けている期間内に樹木のせん定を行うこと |
山中:弊社は、令和5年度(2023年度)東京都空き家利活用等普及啓発・相談事業社の一つになっていますので、今年度、弊社を通して東京都内の空き家の解体や家財整理を実施した場合は東京都から費用の一部について助成金が出ます。こちらもぜひご活用いただきたいですね。
内山:売却するにも、活用するにも不用品を撤去しなければなりませんが、意外とこの費用の負担が大きいんですよね。不用品を少しずつ減らしていくというのも、事前にできることの一つかもしれません。
山中:東京都の空き家のご売却に際しては「譲渡所得」が出るケースも少なくありません。譲渡所得とは、いわゆる売却益にあたるものですが、譲渡所得への課税率は5年を超える所有期間であっても約20%と決して低くありません。従って、譲渡所得が控除できる「相続空き家の3,000万円特別控除」を利用するのも節税のための大きなポイントとなります。相続時に納税した税額分が控除される「取得費加算の特例」もまた、譲渡所得にかかる税金を下げる効果に期待できます。ただしいずれも適用となるのは、相続日から起算して3年または3年10ヶ月までに売却をした場合であることに注意が必要です。
内山:あまり知られていない相続時の節税制度の一つに、土地の相続税評価額を最大80%減額できる「小規模宅地等の特例」が挙げられます。事前に対策しておくことでこのような特例を適用することもできるので、相続の前、空き家になる前から将来に備えておくことが大切ですね。
相続してから長年空き家のまま放置した家は、いざ売却しようと思ったときにはさまざまな税制優遇が受けづらくなっており、後悔をするケースも少なくありません。
制度 | 効果 | 主な適用要件 |
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相続空き家の3,000万円特別控除 | 譲渡所得を最大3,000万円まで控除 | ・昭和56年5月31日以前に建築されている ・区分所有建物登記されていない建物 ・相続の開始の直前において被相続人以外に居住していた人がいなかった ・売却前に耐震改修あるいは解体 ・相続開始から3年後の12月31日までに売却 |
取得費加算の特例 | 相続時に納税した税額を取得費に加算することで譲渡所得を引き下げる | ・相続した不動産に相続税が課税されている ・相続開始から3年10ヶ月を経過する日までに売却 |
小規模宅地等の特例 | 土地の相続税評価額を最大50%~80%減額 | ・特定居住用宅地等(自宅用地)の限度面積は330㎡ ・被相続人と相続人の関係性によって要件有り |
6. 適切な窓口・サービス・制度を利用して、相続前から将来の空き家の問題に取り組もう
実家の相続は、多くの人にとって決して無縁ではありません。「うちは資産が少ないから」「相続するのは自宅だけだから」といった理由で相続を考慮せずにいると、空き家の処分や維持・管理に頭を悩ませることにもなりかねないでしょう。相続した空き家の売却や活用に悩む場合は、適切な窓口に相談し、状況や意向にあったサービスを紹介してもらいましょう。相続や空き家問題を他人事と捉えずに、相続前から将来に備えた対策を取ることも大切です。